タイトルロゴ大山祐史の経営コラム

 


   <本日のツボ242>
    『殻を脱ぎ捨てる』

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<ツボの説明>

  何年か前になりますが、中国西南部の成都という街に日本の大手
 スーパーが出店しました。

  出店当初、お客さんの多くは「スーパー」というところで買い物
 をした経験がなく、並んでいるパンを手にとって眺めた後、その場
 でムシャムシャと食べ始めてしまう、といったことが頻繁に起こっ
 たそうです。

  日本でも、小さい子供と買い物に行ったとき、ちょっと目を放し
 た隙に棚のおもちゃやお菓子を口にくわえていた、などという経験
 をお持ちの方は多いことと思います。

  成都の住民と日本の子供の共通点は、「こんなことをしたら恥ず
 かしい」とか「気まずい」といった感情がないという点です。


  子供や動物というのは、基本的に本能や感情に従って行動します。
 それらを抑制する「常識」や「理性」といったものが醸成されて
 いないから、好き勝手に行動しても自分の心の中にそれを咎める
 心理は生まれてきません。

  成都の人々が売り物のパンをムシャムシャ食べてしまったのも、
 「レジで清算を済ませてから使う・食べる」という「常識」を
 もっていなかったためであり、やっている本人たちにはやましい
 気持ちなど全く無かったことは明白です。

  そう、人間はさまざまな経験によって体得した知識から、自分
 自身の心に殻を被せているのです。したがってこの殻は、年齢や
 さまざまな経験を重ねるほど、幾重にも重なってぶ厚くなってき
 ています。


  この殻は、だれでもかぶっているものです。

  上司から気の進まない仕事を命じられたとき、床に仰向けに
 ひっくり返って手足をバタバタさせ「ヤダー、ヤダーっ」と叫び
 続けることができますか?

  できないでしょ? 
 そうできなくさせている何かがあなたの「殻」です。


  人間の心は、首をすくめて殻に閉じこもると安楽を感じる傾向
 があります。しかし、成功者の多くは、そのプロセスのどこかで
 殻を脱ぎ捨てることを経験しています。

  なぜでしょうか?

  見ているほうの人間は、殻をかぶっているときとそうでない時を
 見分けることができるからです。くさい演技は見透かされるのです。

  子供や動物を眺めて、そこから作為を感じることはあまりあり
 ません。むしろ楽しくなって見入ってしまうことが多い。

  大人でも、殻を脱ぎ捨てた素の自分をぶつけることによって、
 ある種の感動を他人に伝えることができます。


  「芸術は、爆発だー」と叫んだ岡本太郎氏。あれはまったく演技
 ではなく、素の岡本太郎そのものだったから、人々に感動を与える
 ことができました。

  いきがってみせる亀田兄弟は、あれが「分厚い殻」以外の何物
 でもないことがわかってしまうから誰も感動しないのです。

  ジャンプの原田選手の号泣は、殻でしょうか? 素でしょうか?

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 アドバンマネジ経営コラム by 大山祐史


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